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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13316号 判決

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金二五〇万米ドル及びこれに対する昭和六二年四月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  主位的請求

主文同旨

二  二次的請求

被告らは、各自、原告に対し、金二五〇万米ドル及びこれに対する昭和六二年四月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  三次的請求(被告マシュウ・ディ・フォレストに対して)

被告マシュウ・ディ・フォレスト(以下「被告フォレスト」という。)は、原告に対し、金二五〇万米ドル及びこれに対する平成四年四月一一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、株式会社の代表取締役が当該会社から資金を借り入れた上、これを原資としてその親会社から当該会社の全株式を買い受けたことに関して、その後当該会社が破産宣告を受けてその破産管財人に選任された原告が、右の代表取締役及び親会社を被告として右資金の回復を図る訴訟を提起したものであり、次の三個の請求が順次予備的に併合されている。

一次的請求は、右借入行為が詐害行為又は無償行為に当たるとして、右の代表取締役については破産法七二条一号、五号に基づき、右の親会社については同法八三条一項一号、三号に基づき、右両名各自に対し、借入額と同額の二五〇万米ドル及びこれに対する否認に係る行為の行われた日の後である昭和六二年四月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による法定利息の支払を求めたものである。

二次的請求は、右の借入行為及び株式の売買行為が全体として当該会社に対する不法行為に当たるとして、右両名各自に対し、損害賠償金二五〇万米ドル及びこれに対する不法行為日である昭和六二年四月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

三次的請求は、右の代表取締役に対し、右借入れに係る貸金二五〇万米ドル及びこれに対する弁済期の翌日である平成四年四月一一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。

一  基礎となる事実

1 当事者及び関係者

原告は、後記7のとおり破産宣告を受けた株式会社ピービートレードコーポレーション(以下「破産会社」という。)の破産管財人の地位にあるものである。

被告プルーデンシャル・ベーチェ・トレード・サービセス・インク(以下「被告会社」という。)は、アメリカ合衆国デラウェア州法に基づき設立された貿易金融を主な業務とする会社で、世界有数の保険会社であるプルーデンシャル保険会社傘下の会社の一つであり、別紙一のとおり、プルーデンシャル保険会社を中核とするプルーデンシャル・グループの一員である。

破産会社は、被告会社の海外拠点の一つとして、被告会社の全額出資により設立された日本における現地法人であり、被告フォレストは、破産会社の設立以来、その代表取締役の地位にあったものである。(証人ジョン・E・フレリー、争いのない事実)

2 破産会社の設立及び業務内容

破産会社は、被告会社の全額出資により、昭和五九年四月二四日、資本金一億円、発行済株式総数二〇〇〇株の株式会社として設立され、昭和六一年三月二六日、資本金二億円、発行済株式総数四〇〇〇株に増資された。

同社の営業内容は、主として、木材、合板、電子機器、穀類等の輸出入及びこれに伴う貿易金融並びにセメント、生コンクリート等の輸入・販売などであり、その事業資金は、主として、被告会社の継続的保証による金融機関からの借入金により賄われていた。(争いのない事実)

3 株式売買契約の締結

被告会社は、被告フォレストとの間において、昭和六二年三月三一日、以下の約定を含む「プルーデンシャル・ベーチェ・トレード・コーポレーションとマシュウ・ディ・フォレスト間の株式売買契約書」と題する英文の書面(甲二。以下「本件契約書」という。)を取り交わした上、破産会社の全株式(以下「本件株式」という。)を代金三五〇万米ドルで同被告に売り渡した(以下「本件株式売買契約」という。)。(争いのない事実)

本件契約書の内容は、要旨、次のとおりである(甲二の訳文参照。なお、右契約書上、破産会社は「KKPB」と表示されている。)。

(一) 被告フォレストは、被告会社が保有する本件株式を代金三五〇万米ドルで購入する義務を負うものとし、そのうち一〇〇万米ドルは被告フォレスト自身の個人財源から調達し、残りの二五〇万米ドルは被告会社の明示的許可と承諾をもって破産会社をして同被告に貸し付けさせるものとする(前文、二条二の一ないし三、六条六の一)。

(二) 被告フォレストは、被告会社の保証に係る破産会社の債務(以下、右債務を主債務とする被告会社の保証債務を「偶発債務」という。)のうち別紙二記載のもの(以下「テイル債務」という。)について、偶発債務を消滅させるため、別紙三の弁済計画に従って、昭和六二年九月三〇日を期限として弁済しなければならない(六条六の四)。

また、被告らは、被告会社の保証に係る破産会社の債務のうち別紙四記載のもの(以下「自然消滅債務」という。)について、右別紙に記載されたとおりに弁済されて消滅するのを監視し、被告フォレストは、右債務を可及的速やかに消滅させることとする(六条六の四)。

(三) 被告フォレストが昭和六二年六月三〇日までにテイル債務のうち住友銀行に対する四億七〇〇〇万円の債務の弁済をしなかったときは、同被告は、その弁済のため、同被告の居住する建物に被告会社のために二番抵当権を設定することに同意する(六条六の五)。

自然消滅債務のいずれかが予定どおりに消滅しないときは、破産会社は、弁済目標日として定められた期日から三〇日以内に、その債務を全額弁済するか、又は被告会社に対し現金若しくは被告会社が認めるその他の担保物を差し入れる(六条六の五の一)。

(四) 破産会社が、テイル債務又は自然消滅債務の弁済又は期日の延期ができないこと、及び被告会社のために用意すべき合意した形式の担保が提供されず、又は被告会社に対する支払請求を招来する結果となる期限徒過の事実を治癒できないことにより、偶発債務を消滅させることを怠った場合には、被告フォレストは、被告会社のために破産会社の全株式について議決権信託契約を締結することに同意する(六条六の五の二及び三)。

(五) 被告会社は、右の議決権信託により、破産会社の株主総会を招集するほか、被告フォレストの不履行を治癒するため、破産会社の清算を含む(がこれに限定されない。)いかなる方法についても投票することが許される。

右議決権信託の最低必要条項として、清算が行われる場合には、被告会社は、被告フォレストに対して、本件株式の購入代金に清算後現存する残余財産の半分を加えた価格で同被告保有の右株式を買い戻すことに同意する(六条六の五の三)。

なお、被告会社は、この購入代金の全額支払に代わって、被告フォレストの破産会社からの借入金を同社に免除させることができ、その場合には、買戻しの価格は、その分だけ減額する(六条六の五の三)。

4 破産会社の資産及び負債の状況

破産会社の昭和六二年三月三一日当時の資産、負債及び資本の科目及び帳簿価額は、別紙五の非常貸借対照表の科目欄及び帳簿価額欄記載のとおりであり、その明細は、右別紙に添付された明細表1の預金欄及び借入金欄並びに明細表2ないし32の帳簿価額欄又は取得価額欄記載のとおりである。(争いのない事実)

5 消費貸借契約の締結及び送金

破産会社は、被告らの間の右3(一)の約定に基づき、昭和六二年三月三一日、被告フォレストとの間で、同被告に対し本件株式の購入資金として二五〇万米ドルを五年後一括弁済、無利息、無担保の約定で貸し付けることを合意した(以下「本件消費貸借契約」という。)。

そして、被告らは、破産会社からの被告フォレストに対する右二五〇万米ドルの貸付金の交付及び被告フォレストからの被告会社に対する同額の本件株式売買代金の支払について、破産会社が日本長期信用銀行(以下「長銀」という。)から破産会社所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を担保に二五〇万米ドルを借り入れた上、これを同銀行における破産会社の預金口座から被告会社の指定する預金口座に直接送金する方法により行うことを合意し、同年四月一〇日、右合意に従って、同銀行から破産会社の右預金口座を通して被告会社の指定したニューヨーク市のマニュファクチュラーズ・ハノバー・トラスト銀行(以下「マニハニ銀行」という。)にあるピー・ビー・トレード・ファイナンス社の預金口座に二五〇万米ドルが送金された。(争いのない事実)

6 破産会社の支払停止

昭和六二年九月三〇日、破産会社振出しに係る小切手の支払場所である住友銀行、三菱銀行及びマニハニ銀行において、破産会社が振り出した小切手の支払が拒絶され、このうちマニハニ銀行における支払拒絶に基づき、破産会社について不渡処分がされた。(争いのない事実)

7 破産の申立て及び破産宣告

破産会社は、昭和六二年一〇月二三日、被告会社から破産の申立てを受け、昭和六三年一二月一九日、右申立てに基づき、東京地方裁判所において、支払不能を原因として破産宣告を受けた。(争いのない事実)

二  争点

1 否認権行使の可否について(一次的請求)

(一) 故意否認(破産法七二条一号)の可否について

(原告の主張)

(1) 破産会社の債務超過の有無

破産会社は、設立以来、一向に業績が上がらず、昭和六二年三月当時、七〇億円を超える短期借入金債務を負っており、その弁済期が来るたびに、被告会社の継続的保証により、借換え又は期日延長を繰り返していた。このため、破産会社は、被告会社又はそれに代わる者の継続的保証なしには到底存続が不可能な状況にあり、右継続的保証が打ち切られれば、即座に支払不能に陥り、倒産することが必至であった。

ところが、本件契約書においては、右一3(二)のとおり、被告フォレストは昭和六二年九月三〇日までに被告会社の継続的保証に基づく借入金をすべて弁済して偶発債務を消滅させるものとされており、右約定は、同日以降は破産会社が同被告の右保証に基づき新たな資金の借入れや借入金の返済期日の延期等をすることは一切できないことを当然の前提としていた。そして、経営の悪化を続ける破産会社について同年三月三一日以降に新たな出資者が現れることは到底期待し得ないから、破産会社が被告会社の継続的保証が打ち切られる同年九月三〇日に倒産することは、同年三月三一日の時点で既に必至の状況であった。

したがって、同年四月一〇日当時の破産会社の資産及び負債の金額を評価するについては、事業の継続を前提とした評価ではなく、清算を前提とした評価によるべきである。

また、投資不動産の科目に計上されている破産会社所有の本件不動産を評価するに当たっては、不動産鑑定士による鑑定評価額である三二億四〇〇〇万円から換価の際に課される租税を控除した手取りの金額をもって評価額とすべきであるから、右不動産の評価額は、二四億四二〇三万一五〇〇円とすべきである。

そこで、これらを前提として、同年三月三一日当時の破産会社の資産及び負債の金額を評価すると、別紙五の非常貸借対照表の資産の部及び負債の部の評価額欄記載のとおりとなり、その後同年四月一〇日までの間に同社の経営状況に目立った変化はなかったから、右当時も、同社は、少なくとも二八億四四六四万四四九円の債務超過の状態にあったものというべきである。

(2) 故意否認における債務超過の要否

仮に、昭和六二年四月一〇日当時、破産会社が債務超過の状態になかったとしても、破産者が行為時に債務超過の状態にあること又は当該行為により債務超過の状態になることは故意否認の成立に不可欠の要件ではなく、近い将来に支払停止又は支払不能に至る状況にあれば、故意否認の成立が認められるべきである。

本件の場合、右(1)のとおり、本件株式売買契約を前提とする限り、破産会社は、既に同年三月三一日の時点で、同年九月三〇日には支払停止又は支払不能となることが避けられない状況にあったものであるから、故意否認の成立を認めるべきである。

(3) 消費貸借契約の否認の可否

昭和六二年四月一〇日当時、被告フォレストは何らみるべき資産を有していなかった上、前記一3(五)のとおり、本件契約書には、被告会社が破産会社をして被告フォレストの本件消費貸借契約に基づく借入金(以下「本件借入金」という。)を免除させることができる旨の定めがあることからすれば、同被告には右借入金を弁済する資力も意思もなかったものというべきであるから、本件消費貸借契約は、破産財団に属すべき財産を減少させる行為に当たり、故意否認の対象となり得る。

(4) 破産会社の詐害性の認識

右当時、破産会社の代表者たる被告フォレストは、同社が債務超過の状態にあること又は同年九月三〇日には支払停止若しくは支払不能となることが避けられないこと及び同被告に本件借入金を弁済する資力も意思もないことを知っていたから、破産会社には、本件消費貸借契約が破産債権者を害することの認識があった。

(5) 被告フォレストの詐害性の認識(抗弁に対して)

前記一3(五)のとおり本件契約書に被告会社が破産会社をして被告フォレストの本件借入金を免除させることができる旨の定めがあることからすると、被告会社が被告フォレストに本件株式の売買代金を返還することは期待できないから、同被告が本件借入金を弁済できる可能性はなかったと考えるべきであり、同被告には本件消費貸借契約が破産債権者を害することの認識があったものというべきである。

(被告フォレストの主張)

(1) 破産会社の債務超過の有無について

昭和六二年四月一〇日当時破産会社が債務超過の状態にあったことは認める。

(2) 故意否認における債務超過の要否について

原告の主張は争う。

(3) 消費貸借契約の否認の可否について

被告フォレストに本件借入金を弁済する意思がなかったことは否認する。

(4) 破産会社の詐害性の認識について

原告主張事実は否認する。

(5) 被告フォレストの詐害性の認識について(抗弁)

被告フォレストは、昭和六二年九月三〇日までに被告会社に代わる新たな出資者を見つけ出すことができた場合にはその者に本件株式を売り渡し、それによって得た資金により、右出資者を見つけ出すことができなかった場合には前記一3(五)に基づき被告会社に右株式を売り渡し、それによって得た資金により、本件借入金を弁済し得るものと考えていたから、本件消費貸借契約が破産債権者を害することについての認識がなかった。

(被告会社の主張)

(1) 破産会社の債務超過の有無について

原告主張事実は否認する。

昭和六二年四月一〇日当時、破産会社について被告会社に代わる新たな出資者が見つかる可能性は十分にあり、破産会社が同年九月三〇日に倒産することが必至という状況にはなかった。

したがって、債務超過の有無を判断する際の資産及び負債の金額を評価するについては、清算を前提とした評価ではなく、事業継続を前提とした評価によるべきである。

また、本件不動産の評価に当たっては、鑑定評価額である三二億四〇〇〇万円をもって評価額とすべきであり、右金額から換価の際に課される租税を控除した手取りの金額をもって評価額とすべきではない。

以上から、同年三月三一日当時における破産会社の資産の評価額を計算すると、少なくとも別紙六の仮定的評価額欄記載のとおり合計九三億九四七三万二九八二円となり、これに対し、負債の評価額は、多くとも八三億一二三万三〇二六円(別紙五の非常貸借対照表の負債の部の帳簿価額欄の負債合計額から、賞与引当金及び長期前受利息についての帳簿価額欄記載の金額を控除した上、リース債務及び外国為替先物予約損失についての評価額欄記載の金額を加えたもの)であるから、右当時破産会社は債務超過の状態にはなかったものであり、したがって、同年四月一〇日当時も債務超過の状態にはなかったものというべきである。

(2) 故意否認における債務超過の要否について

原告の主張は争う。

故意否認が成立するためには、破産者が行為時において債務超過の状態にあること又は当該行為により債務超過の状態になることが必要である。

また、被告会社の保証が継続されている時期において、それが打ち切られた場合を仮定して支払不能の有無を論じることは、無意味である。

(3) 消費貸借契約の否認の可否について

原告の主張は争う。

破産会社は、本件消費貸借契約に基づき、支出額と同額の貸金債権を取得したのであるから、破産会社の資産は何ら減少していない。

そして、本件消費貸借契約の締結当時、破産会社は、右(1)のとおり、債務超過の状態にはなかったのであるから、本件株式には少なくとも三五〇万米ドル以上の価値があり、被告フォレストは本件借入金を弁済する資力を有していた。

また、本件株式売買契約に基づく本件借入金の免除は、破産会社の清算が終了した後に行われるものであるから、右の免除により破産債権者を害することはない。

(4) 破産会社の詐害性の認識について

原告主張事実は否認する。

(5) 被告フォレストの詐害性の認識について(抗弁)

被告フォレストは、昭和六二年三月三一日当時、破産会社について被告会社に代わる新たな出資者が見つかる可能性は十分にあると考えており、また、破産会社が債務超過又は支払不能の状況にあるとの認識も有していなかった。

(二) 無償否認(破産法七二条五号)の成立の可否について

(原告の主張)

本件消費貸借契約においては無利息、無担保かつ中間支払を要しない五年後の一括弁済の約定がされ、しかも、本件株式売買契約において、被告会社が被告フォレストに二五〇万米ドルの株式買戻代金を支払ったときのみ被告フォレストは本件借入金を弁済すれば足りる旨の合意及び被告会社が破産会社をして被告フォレストの本件借入金を免除させることができる旨の合意があったことからすると、右消費貸借契約は無償行為又はこれと同視すべき行為に当たるというべきである。

(被告フォレストの主張)

原告の主張は争う。

(被告会社の主張)

原告の主張は争う。

右(一)の被告会社の主張(3)のとおり、本件消費貸借契約は、何ら破産債権者を害するものではない。

(三) 被告会社に対する否認(破産法八三条一項一号、三号)の可否について

(原告の主張)

(1) 被告会社の転得者性

本件においては、本件消費貸借契約に基づく破産会社からの被告フォレストに対する貸付金の交付と本件株式売買契約に基づく同被告からの被告会社に対する株式売買代金の支払という二回の金銭の移動の中間が省略されて、破産会社の預金口座から被告会社の指定する預金口座に直接送金がされたのであるから、破産会社が被告フォレストに貸し付けた金銭と同被告が被告会社に支払った金銭との間には同一性があり、被告会社は転得者に当たるというべきである。

(2) 被告会社の悪意

被告会社は、昭和六二年四月一〇日当時、破産会社が債務超過の状態にあること又は同年九月三〇日には支払停止若しくは支払不能となることが避けられない状況にあったこと及び被告フォレストには本件借入金を弁済する意思も資力もないことを知っていたから、本件消費貸借契約が破産債権者を害するものであることを認識していた。

(3) 本件株式売買契約の無償性

昭和六二年四月一〇日当時、破産会社は債務超過の状態にあり、本件株式は無価値なものであったから、右株式の売買代金として三五〇万米ドルを取得したことは、無償行為又はこれと同視すべき行為に当たるというべきである。

(被告会社の主張)

(1) 被告会社の転得者性について

原告の主張は争う。

金銭は、一定の価値を表象する手段にすぎないものであるから、転得を認める余地はない。

仮に、金銭について転得が認められるとしても、本件の場合、前記一5のとおり、長銀にある破産会社の預金口座とマニハニ銀行にあるピー・ビー・トレード・ファイナンス社の預金口座において、それぞれ計数上の処理がされただけであるから、被告会社は金銭の転得者に当たらない。

(2) 被告会社の悪意について

原告主張事実は否認する。

(3) 本件株式売買契約の無償性について

原告の主張は争う。

2 不法行為の成立の可否について(二次的請求)

(一) 共謀による共同不法行為について(主位的請求原因)

(原告の主張)

被告らは、共謀の上、被告フォレストに本件借入金の弁済の意思及び能力がないことを知りながら、自己株式の取得制限の規定(商法二一〇条)を潜脱し、同被告において破産会社の代表取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反して、本件消費貸借契約及び本件株式売買契約を締結した上、破産会社から被告会社に二五〇万米ドルを送金し、その結果、破産会社に少なくとも同額の損害を与えた。

(被告らの主張)

原告主張事実は否認する。

(二) 幇助による共同不法行為について(予備的請求原因)

(原告の主張)

被告フォレストは、本件借入金の弁済の意思及び能力がないにもかかわらず、破産会社の代表取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反して、本件消費貸借契約を締結した上、被告会社に二五〇万米ドルを送金し、その結果、破産会社に少なくとも同額の損害を与えた。

被告会社は、被告フォレストの右行為を容易にする目的で、破産会社の取締役をして本件消費貸借契約を承認する決議をさせた上、同被告に対し、本件借入金の弁済免除、本件株式の買戻し及び残余財産の半額の支払を約束し、同被告の右行為を幇助した。

(被告らの主張)

原告主張事実は否認する。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

まず、争点1のうち、(一)の故意否認(破産法七二条一号)の可否及び(三)の被告会社に対する否認(同法八三条一項一号)の可否について判断することにする。

1 判断の前提となる事実

(一) 破産会社の設立から本件株式売買契約の締結に至る経緯について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 昭和五九年ころ、プルーデンシャル・グループと取引上の付合いがあった被告フォレストは、同グループに対し、貿易金融部門を開設して世界的に組織化することを提案し、これが同グループに受け入れられて、ピーター・カットフィールド、チャールズ・ジェイコブ、ダグラス・ライス、エドガー・ロバーツと共に発起人となり、被告会社を設立した(その後、右の四名は、被告会社の共同社長に就任した。)。

被告会社は、ロンドン、ニューヨーク、シドニー、香港、東京などに事務所を開設したが、東京については、極東地域における拠点の現地法人として破産会社を設立し、被告フォレストがその代表取締役に就任した。

(2) 被告会社は、破産会社の財務状況及び経営状況を管理するため、役員又は経理担当者を破産会社に随時派遣して監査を行っていたほか、破産会社が金融取引や物資の輸入取引等に関する業務上の決定を行う際には、各取引案件ごとにその内容を記載したクレジット・アプルーバル・リポートと呼ばれる一種のりん議書を作成した上、海外に駐在していた被告会社の右四名の共同社長全員の決裁を得ることとされており、これらの者の承諾なしに右の決定をすることは許されていなかった。

(3) 破産会社は、貿易金融を目的とする会社であったが、資本金以外には何ら事業用の資金を有していなかったため、事業を行うについては、その資金を他から借り入れる必要があった。そのため、同社の設立前の時点では、プルーデンシャル保険会社から破産会社に低利の融資をすることが約束されており、破産会社は、この融資金を事業資金として、ア・フォフェイと呼ばれる国際貿易に伴う手形(特に政府機関の保証のあるもの)の割引業を中心とする貸倒れ等の危険性の低い取引を行うことを予定していた。

ところが、破産会社の設立後、予定していたプルーデンシャル保険会社からの低利融資は実行されず、破産会社の事業資金の調達は、被告会社の継続的保証による市中金融機関からの借入れという方法によることになった。そのため、破産会社の資金調達コストは高いものとなり、取引先に対して低利の資金を提供することができなくなったことから、政府機関の保証のある手形の割引業のような危険性の低い取引を行うことは困難となった。

このようなことから、破産会社は、その設立当初から、資金調達コストの点で同業の他社との競争力が著しく劣ることとなり、必然的に、危険性の高い取引に取り組まざるを得ないことになった。

(4) 破産会社は、設立当初から具体的な取引先がなく、自ら新たに顧客を開拓する必要があったが、右のとおり、他社との競争力が著しく劣っていたことから、先発の貿易金融業者が手を出さないような取引を行わざるを得ず、中国産穀物の取引、東南アジアの会社との取引、ハイテク関係の取引、セメントの輸入取引等を中心とした、いわゆるベンチャー・キャピタル・ビジネスと評価されるような危険性の高い取引を行った。

その結果として、破産会社は、投下資金の回収が困難となり、不良債権の累積を招いて、次のとおり、決算書類上の数値でも毎決算期とも七〇〇〇万円以上に及ぶ多額の損失を計上するとともに、金融機関に対する多額の借入金債務を負うことになった。

〈1〉 第一期(昭和五九年一二月三一日)

当期損失 七七二七万四〇七九円

欠損金 七七二七万四〇七九円

短期借入金

七億四四四四万五〇〇四円

〈2〉 第二期(昭和六〇年一二月三一日)

当期損失 八九九五万七九五四円

欠損金 一億六七二三万二〇三三円

短期及び長期借入金

五〇億三〇〇万二六八二円

〈3〉 第三期(昭和六一年一二月三一日)

当期損失 七二九五万二一七五円

欠損金 二億四〇一八万四二〇八円

短期及び長期借入金

四七億二八六六万一一七六円

(5) 昭和六一年五月ころ、被告会社の取締役会会長に就任し被告会社の最高責任者となったテッド・ファウラーは、被告会社及び破産会社を含む子会社の業務内容について、コンサルタント・グループに調査を依頼したほか、自らも破産会社の事務所を訪れるなどして調査を行った。

その結果、破産会社と顧客の間の取引について正式な法的文書が作成されていないこと、被告会社が設定した顧客一件当たりの取引限度額を超過した取引が行われていることなどが明らかになり、プルーデンシャル・グループは、同年九月、右の調査結果や破産会社の財務内容が悪化を続けていること、被告会社の継続的保証に係る借入金債務が六〇億円以上に上っていることなどから、日本からの撤退を決め、破産会社の閉鎖又は売却を決定した。

そして、被告会社は、同年一〇月ころ、公認会計士のジョン・リンを破産会社に派遣し、翌年三月ころまで同社の事務所内に常駐させ、破産会社の財務内容を調査、監督させた。このため、被告会社は、そのころの破産会社の経営状況及び財務内容を完全に把握していた。

(6) 被告フォレストは、被告会社の指示を受けて、昭和六一年一〇月から一一月にかけ、破産会社への新たな出資者を探すため、ニューヨークのAIG社やロンドンのロスチャイルド社と交渉し、破産会社の株式の買取りと被告会社に代わる信用供与の申入れをしたが、破産会社の財務内容が悪いことなどから、いずれも合意が成立するには至らなかった。

また、同年一二月ころ、アメリカのデュポングループが、破産会社への出資に関心を持ち、同グループの代理人であったソーブル弁護士を通じて、右の出資に関する手紙を被告フォレストに送るなどしたことがあったが、その後、破産会社の財務内容を知って関心を失い、破産会社への出資の話はそのまま立消えになった(なお、《証拠略》によれば、ソーブル弁護士は、当初、被告フォレストからの情報で、破産会社が年間約六〇万米ドルから七〇万米ドルの実現利益があるなどと誤信していたことが認められる。)。

(7) 被告会社は、このように新たな出資者を見つけることができなかったことから、同年一二月ないし翌年一月ころ、破産会社から撤退するため、被告フォレストに破産会社の閉鎖又は事業の縮少を指示した。しかし、破産会社の従業員を直ちに解雇することが難しかった上に、破産会社を閉鎖した場合には被告会社は多額の保証債務の履行を求められることになることなどから、被告会社は、期限を定めて新出資者の開拓を再度試みることにし、本件株式を破産会社に買い取らせた上で新出資者を探しつつ、多額に及ぶ被告会社の保証債務をできる限り減少させる方針を決めた。

その後、被告らは、日本法の下では株式会社の自己株式取得が制限されていることを知り、破産会社が自ら本件株式を取得することに代えて、被告フォレストが破産会社から借り受けた資金で本件株式を買い取ることにした。

(二) 本件株式売買契約の締結の状況及びその内容

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告会社側は、その取締役兼法務部長で、弁護士でもあるフレリーほか一名が、被告フォレスト側は、同被告本人及びその代理人のソーブル弁護士が、それぞれ出席して、昭和六二年三月中旬ころから、東京において、右(一)(7)の方針に沿った契約の成立に向けて交渉し、同月三一日、本件契約書が取り交わされて、本件株式売買契約が成立した。

右契約においては、被告らは、いずれも、被告会社による破産会社のための継続的保証が同年九月三〇日をもって打ち切られることを当然の前提としていた。

(2) 本件株式売買契約の主な内容のうち、売買代金額については、当初、被告会社側は被告フォレストに対し、売買代金として五〇〇万米ドルを要求したが、同被告がこれを拒否し、結局、同被告が自己資金一〇〇万米ドル、破産会社からの借入金二五〇万米ドルの合計三五〇万米ドルで本件株式を購入することで合意した。

また、議決権信託に関する条項については、被告会社側は、被告フォレストが約定の期限である昭和六二年九月三〇日までに偶発債務を消滅させることを怠り、被告会社が右債務の履行をすることになる場合に備えて、求償権の担保として本件株式に係る株券を被告会社に預託することを求めたが、被告フォレスト側がこれを拒否したため、その妥協として、偶発債務を消滅させるという被告フォレストの債務の不履行があった場合には本件株式について議決権信託することに同被告が同意することになり、さらに、同被告側の要求で、被告会社は、破産会社について清算が行われる場合には、被告会社が被告フォレストに対して本件株式の購入代金に清算後現存する残余財産の半分を加えた価格で同被告保有の右株式を買い戻すことに同意するとともに、被告会社は右購入代金の全額支払に替えて被告フォレストの破産会社からの借入金を同社に免除させることにより、その分だけ右買戻しの価格を減額することができることになった。

(3) 前記第二の一3(二)のとおり、本件株式売買契約においては、テイル債務について別紙三のとおり弁済計画が定められ、そのうちの住友銀行からの借入金四億七〇〇〇万円については、別紙二のとおり弁済目標日を同年六月三〇日とし、その弁済方法を「コミットメントレター、二番抵当権に関する手紙」としているが、実際には、右のようなコミットメントレターは存在せず、被告会社は、同年一〇月六日、自ら、住友銀行に対し、保証債務の履行として、預金と相殺後の元利合計四億二〇一四万八六二九円を支払った。

また、自然消滅債務の弁済についても、別紙四の「ISC受取勘定に関する一九八七年三月三一日付書状への添付書」によれば、マニハニ銀行からの借入金八〇万米ドル、安田信託銀行からの借入金三億円、三和銀行からの借入金一億一九九九万九九九八円、三菱銀行からの借入金一億三五八五万五〇〇〇円及び三億七三〇万円については、いずれもISC(インターナショナル・システムズ・コーポレーション)との取引に基づく受取勘定(売掛金)からの弁済による消滅を予定していたが、実際には、右受取勘定は存在しなかった。

(4) 本件株式売買契約においては、破産会社について、同年三月三一日以降はプルーデンシャル・グループに関連した会社であると外部に表示してはいけないとしながらも、右契約の履行に関連して予定されている場合はその例外とするとし、さらに、右契約の履行を促進するため同年九月三〇日まで「ピービートレード」又は「ピービートレードコーポレーション」という名称の使用をすることができるものとされていた(六条六の三)。

(三) 破産会社がその後倒産に至るまでの経緯

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件株式売買契約の締結後、被告フォレストは、破産会社への新たな出資者を探すための努力を続け、昭和六二年七月四日には、オーストラリアのコングロマリットであるプラットグループとの間で、破産会社への出資に関して、大要、同グループが破産会社の三五パーセントに相当する株式の取得と交換に三五〇万米ドルを投資する、同グループは破産会社に総額四六〇〇万米ドルの銀行融資、保証又は直接融資を提供するとする覚書を取り交わしたが、その後、同グループの依頼した会計事務所が破産会社の財務内容を監査した結果、同グループの予想以上に破産会社の経営状態が悪化していることが明らかになり、同グループは、同年八月下旬に破産会社に一二億円を送金したものの、それ以上の資金需要に同グループがこたえられなかったこともあって、結局、破産会社への出資について最終合意には至らず、同年九月初旬には同グループとの交渉は途絶えた。

(2) 一方、被告フォレストは、偶発債務を減少させるため、破産会社にとって唯一の担保価値のある財産である本件不動産(右不動産の同年九月三〇日現在での時価は三二億四〇〇〇万円である。その後右不動産は競売され、平成二年二月二一日に二五億円で競落された。)に根抵当権を設定して長銀及び商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)から合計約三〇億円を借り入れてテイル債務又は自然消滅債務の弁済に充て、また、日本エス・アイ・シー株式会社(以下「日本エス・アイ・シー」という。)から昭和六二年八月三一日に一五億円を借り入れて同日に期限が到来する三和銀行及び三菱銀行に対する右債務の弁済に充てるなどして、偶発債務の減少に努めたが、右(二)(3)のとおり本件契約書に定められたテイル債務及び自然消滅債務の弁済に関する取決めの中には架空の弁済原資が記載されていたことなどから、右契約書に定められた予定のとおりにはこれらの債務は消滅せず、同年九月三〇日の時点で右債務は二七億円余りも残存していた。

(3) 被告フォレストは、右の長銀及び商工中金からの借入れ並びに日本エス・アイ・シーからの借入れに当たっては、相手方に本件契約書、特に議決権信託条項を示して、同年九月三〇日までに破産会社への新たな出資者が見つからないときは、被告会社が破産会社の出資者として復帰する旨説明し、また、本件株式売買契約締結直後も、破産会社の従業員らが被告会社の破産会社からの撤退を知って動揺した際、被告フォレスト及びフレリーは、右従業員らに対し、右と同様の説明をしていた。

(4) 被告フォレストは、同年九月に入って、新たな出資者を探し出すことができなかったことから、被告会社に対し、同月末日で終了することとなっていた被告会社の継続的保証を延長するように申し入れていたが、被告会社との交渉は進展せず、同月二九日、被告会社から右保証を延長する意思がないことを告げられた。このため、破産会社は、同月三〇日、弁済期が到来した住友銀行及びマニハニ銀行からの借入金について、借換え又は期限の延長を受けることができず、日本エス・アイ・シーからの前記借入金を弁済するために振り出した小切手について不渡処分がされ、破産会社は、同日、事実上倒産した。

2 破産会社の資産及び負債の評価基準について

(一) 右1の認定事実によれば、破産会社は、設立以来一度も利益を上げたことがなく、昭和六一年一二月三一日の時点で、資本金の額を上回る二億四〇一八万四二〇八円もの欠損金を計上し、被告会社の継続的保証に係る金融機関からの借入金が四七億二八六六万一一七六円もの多額に及んでおり、一方、破産会社の唯一の資産ともいうべき本件不動産の担保価値は、昭和六二年九月三〇日現在の時価が三二億四〇〇〇万円であり、その後右不動産は二五億円で競落されたことからすると、右の借入金の額には到底及ばないといえる。その上、破産会社の業務内容は、ベンチャー・キャピタル・ビジネスと評価されるような貸倒れ等の危険性の高い取引が中心で、安定した収入基盤がなく、しかも、その事業資金の調達は、専ら、被告会社の継続的保証による金融機関からの借入れによっていたものである。

以上の諸点に加えて、《証拠略》によれば、フレリー自身、被告会社を含むプルーデンシャルグループが破産会社から撤退するには、右グループに代わる信用力のある会社を探す必要があることを被告ら双方が認識していた旨陳述書に記載していることが認められること、《証拠略》によれば、被告会社の代理人が原告に提出した平成元年四月五日付け上申書には、破産会社は開業以来累積損失が増大する一方の会社であり、被告会社の支援によってのみ事業継続をし得た、換言すると、破産会社は被告会社の支援が打ち切られれば、当然に支払不能に陥る会社であった旨記載していることが認められること、そして何よりも、被告会社の継続的保証が終了した昭和六二年九月三〇日に破産会社は不渡小切手を出して倒産していることを考え併せると、昭和六二年三月三一日当時、破産会社は、被告会社の金融機関に対する継続的保証なしには到底存続し得ない状況にあり、その時点において、もし右保証が打ち切られたならば、即座に破産会社は支払停止に陥り、倒産することが必至であったものと認められる。

(二) そこで、次に、昭和六二年三月三一日の時点において、破産会社への新たな出資者を探し出す期限であるとともに被告会社の継続的保証の終了の期限でもある同年九月三〇日までに被告会社に代わる破産会社への新たな出資者が見つかる客観的可能性があったか否かについて検討すると、右1の認定事実及び前項で判示したところによれば、〈1〉破産会社は設立以来一度も利益を上げたことがなく、二億円を上回る欠損金と四七億円を超える借入金を負っていた上、唯一の資産である本件不動産の価額は、右借入金の額には到底及ばないと考えられることからみて、新出資者となるべき者は、資本金の追加出資と右借入金の肩代わりとして、数一〇億円に上る負担をする必要性があること、〈2〉破産会社の業務内容は、ベンチャー・キャピタル・ビジネスと評価されるような貸倒れ等の危険性の高い取引が中心で、安定した収入基盤が確立されていなかったこと、〈3〉取引について正式な法的文書が作成されていない上、出資者である被告会社の指示に反する取引を行うなど、破産会社の経営者である被告フォレストの姿勢に問題があったこと、〈5〉実際に、AIG社、ロスチャイルド社、デュポングループ及びプラットグループとの間で、破産会社への出資について交渉が持たれたものの、いずれも、破産会社の財務内容ないし経営内容の実態を知ると出資に消極的となり、交渉は立消えとなっていること、〈6〉破産会社の実質的な設立者である被告会社自身が現に破産会社からの撤退を考えていたこと、以上の諸点を指摘することができる。

そして、右の諸点を総合して判断すると、破産会社への出資は、多額の負担を要求されるにもかかわらず、利益を上げられる可能性は低いものであって、投資に見合う収益を上げることが著しく困難な、危険性の極めて高い行為であることが明らかであり、かつ、このことは、破産会社の財務内容ないし経営内容を調査すれば容易に判明し得る事柄であるから、経験則に照らして、通常の判断力を有する企業人であれば被告会社に代わって破産会社に出資するような行為に出ることは回避するものと推測するに難くない。

右1(二)(3)及び(4)で認定したように、被告らは、本件株式売買契約において、新出資者を見つけるのを容易にするため、テイル債務及び自然消滅債務の弁済計画について架空の弁済原資まで計上し、さらに、破産会社について、右契約締結以後もプルーデンシャルグループの関連会社であることの外部への表示を許容することまでしながら、結局、新出資者を見つけ出すことができなかったことは、このことを雄弁に物語っているものというべきである。

したがって、昭和六二年三月三一日の時点において、同年九月三〇日の期限までに被告会社に代わる破産会社への新たな出資者が見つかる可能性は、客観的にみれば、皆無であったものといわざるを得ない。

(三) 前項で検討したとおり、昭和六二年三月三一日当時、同年九月三〇日までに新出資者が見つかる可能性は客観的にみればなかったものといえるから、右期日が到来して、予定どおりに被告会社の継続的保証が打ち切られれば、破産会社が支払停止に陥って倒産することは、その当時から必至であったものというべきである。

そして、右(一)及び(二)で判示したところによれば、被告フォレストはもとより、右1(一)(2)及び(5)で認定したとおり破産会社の経営状態及び財務内容を完全に把握していた被告会社も、主観的には破産会社への新出資者が見つかることを期待しながらも、客観的には新出資者を見つけることが困難であること及びそのような状態のまま右期日が到来すれば、破産会社が倒産に至ることは必至であることの認識を十分に有していたものと優に認定することができる。

そうであるとすれば、本件株式売買契約に基づき破産会社と被告フォレストとの間で締結され、実行された本件消費貸借契約の詐害性の判断をする前提として、昭和六二年三月三一日当時における破産会社の資産及び負債の状況を判断するに当たっては、破産会社が事業を継続することを前提とすべきではなく、破産会社の清算を前提として資産及び負債の評価をするのが相当というべきである。

3 破産会社の資産及び負債の金額について

証人安東は、破産会社の清算を前提として、昭和六二年三月三一日当時の同社の資産及び負債の評価額について証言するところ、右証言の内容は、財務、簿記及び会計に関する専門的な知識を有する者としての立場からされた詳細かつ合理的なもので、尋問する者に迎合することなく自らの見解を述べたものであり、客観的で信用性が極めて高いものということができる。

そして、《証拠略》を総合すると、昭和六二年三月三一日当時の破産会社の資産の評価額は、多くとも、別紙五の非常貸借対照表の資産の部の認定額欄記載のとおりであり(なお、認定額欄のうち記載のないものは評価額と同額を意味する。)、その明細は、右別紙に添付の明細表1の借入金相殺後預金残高欄及び明細表2ないし24の換価見込額欄記載のとおりであること(なお、その理由は評価の基礎欄のとおりである。)、並びに右当時の同社の負債の評価額は、少なくとも、右非常貸借対照表の負債の部の評価額欄記載のとおり(ただし、輸出手形買戻義務及び株式購入資金借入金の金額を除く。)であり、その明細は、右明細表1の預金相殺後借入金残高欄、明細表25ないし32の評価額欄、明細表33の「62・3・31現在未払残高」欄及び明細表34の「円金額」欄記載のとおりであることが認められる。

これによれば、右当時の破産会社の資産及び負債の状況は、資産の合計額が多くとも六六億六六九四万四一六四円であるのに対し、負債の合計額は、偶発的債務である輸出手形買戻義務、株式購入資金借入金及びアイキューエル社に対する損害賠償義務を負債に計上しない場合であっても、少なくとも七〇億七三五八万二〇六五円であることが認められるから、右当時、破産会社は、少なくとも四億円以上の債務超過の状態にあったものというべきである。

そして、《証拠略》によれば、昭和六二年三月三一日から同年四月一〇日の間に、破産会社の財務状況に特段の変化はなかったことが認められるから、同年四月一〇日当時も、破産会社は同様に債務超過の状態にあったものと認めることができる。

4 本件消費貸借契約の詐害性について

《証拠略》によれば、昭和六二年四月一〇日当時、被告フォレストが自らの資金で本件株式の売買代金として支払うことが可能であった金額は七九万五〇〇〇米ドルにとどまったこと及び右金員を支払った後は、同被告は、本件株式を除けば、何らみるべき財産を有していなかったことが認められる。

そして、右2及び3で認定判断したとおり、右当時、破産会社は、少なくとも四億円以上の債務超過の状態にあった上、破産会社への新たな出資者になる者が現れる見込みもなく、同年九月三〇日が到来して被告会社の継続的保証が打ち切られれば破産会社の倒産は必至の状況にあったのであるから、結局、同年四月一〇日当時においても、本件株式は、何ら財産的価値を有していなかったものといわざるを得ない。

ところで、本件株式売買契約においては、前記第二の一3(四)及び(五)のとおり、議決権信託条項において、偶発債務を消滅させるという被告フォレストの債務の不履行があった場合には本件株式について議決権信託することに同被告が同意する旨、及び議決権信託がされて破産会社の清算が行われる場合には、被告会社は被告フォレストに対して本件株式の購入代金に清算後現存する残余財産の半分を加えた価格で同被告保有の右株式を買い戻すことに同意する旨定められているので、右条項との関係で、被告フォレストの本件借入金の弁済資力について検討すると、本件契約書の文言(六条の六の五の二及び三)によれば、被告フォレストに右債務の不履行があったときには当然に議決権信託がされることが一義的に明らかになっているとはいえず、むしろ、右文言上は、議決権信託が被告会社の利益のためにされる旨明示され、かつ、被告フォレストが議決権信託契約を締結することに同意すると定められていることからすると、議決権信託については被告会社に選択の余地があるように解することができる。そして、本件契約書は、右1(二)(1)で認定したとおり被告ら双方の弁護士による交渉の結果に基づき作成されていることからすると、右文言にはそれなりの重みがあるといえる。このように解すると、議決権信託条項があるからといって、当然に被告会社が被告フォレストから本件株式を買い戻すことを期待することはできないから、右の買戻しを前提として被告フォレストに本件借入金の弁済資力があったということはできない。

他方、右1(三)(3)で認定したとおり、被告フォレストは、長銀、商工中金及び日本エス・アイ・シーからの借入れに当たって、相手方に対し議決権信託条項を根拠に、昭和六二年九月三〇日までに破産会社への新たな出資者が見つからないときは被告会社が破産会社の出資者として復帰する旨の説明をし、また、本件株式売買契約締結直後も、被告フォレスト及びフレリーは、破産会社の従業員らに対し右と同様の説明をしており、右事実に、被告フォレストが財産的価値のない本件株式を被告会社の買戻しの約束なしに自己資金を七九万五〇〇〇米ドルも出えんして(この点は、《証拠略》)取得するとは通常考え難いことからすると、議決権信託条項は、その文言にもかかわらず、被告フォレストの右債務不履行があったときは当然に議決権信託がされ、かつ、清算が行われる場合には、被告フォレストから本件株式の買戻しが行われることを取り決めたものと解する余地がないではない。しかし、その場合であっても、議決権信託条項において、被告会社は本件株式の買戻代金の全額を被告フォレストに支払う代わりに本件借入金債務を破産会社に免除させることができるものとされているから、結局、被告フォレストが被告会社からの右買戻代金で本件借入金を弁済することは期待し難いものというべきである。

以上、いずれにしても、本件消費貸借契約の締結当時、被告フォレストには本件借入金を弁済するに足りる資力が全くなかったものというべきであるから、右消費貸借契約に基づき破産会社が被告フォレストに対して取得した貸金債権は、実質的には何ら財産的価値のないものといわざるを得ない。

そうすると、本件消費貸借契約は、これにより既に債務超過の状態にあった破産会社の本来破産財団を構成すべき資産を減少させるものであるから、破産債権者を害するものというべきである。

5 破産会社及び被告フォレストの詐害性の認識について

右2ないし4で認定判断したところによれば、破産会社の代表取締役たる被告フォレストは、同社が債務超過の状態にあり、同社への新出資者が見つからないまま被告会社の継続的保証が打ち切られれば、破産会社が昭和六二年九月三〇日には倒産することが必至であること、右の新出資者を見つけることは客観的には困難であること、及び同被告自身には本件借入金を弁済する資力がないことを知りながら本件消費貸借契約を締結したものと認められるから、破産会社には、前項で判示した本件消費貸借契約の詐害性について、その認識があったものというべきであり、したがって、また、被告フォレスト個人についても、同様の認識があったものということができる。

6 被告会社の転得者性について

破産法八三条一項にいう転得者とは、受益者が否認の対象となる行為によって取得した財産権を受益者から承継的に取得した者をいうものと解されるが、本件においては、前記第二の一5のとおり、破産会社からの被告フォレストに対する貸付金の交付と同被告からの被告会社に対する本件株式売買代金の支払について、破産会社が長銀から借り入れた金員を同銀行における破産会社の預金口座から被告会社の指定した銀行の預金口座に直接送金することにより、これらを一挙に行ったものであるから、右貸付金として交付された金銭は被告フォレストの一般財産を構成することなく、その特定性を有したまま、右売買代金として被告会社によって取得されたものというべきであり、したがって、被告会社は、破産会社からの被告フォレストに対する右貸付金について、その転得者に当たるものと解するのが相当である。

7 被告会社の悪意について

右1ないし4で認定判断したところによれば、被告会社は、昭和六一年一〇月ころから翌年三月ころにかけての破産会社の経営状況及び財務内容を完全に把握しており、同社が債務超過の状態にあること、同社への新出資者が見つからないまま被告会社の継続的保証を打ち切れば破産会社が昭和六二年九月三〇日には倒産することが必至であること、右の新出資者を見つけることは客観的には困難であること、及び被告フォレストには本件借入金を弁済する資力がないことを知りながら、そのように危殆状況にある破産会社からの資本の回収及び偶発債務の減少を図り、本件消費貸借契約の締結を当然の前提として、本件株式売買契約を締結したものと優に認定することができる。

したがって、被告会社に、右4で判示した本件消費貸借契約の詐害性について、その認識があったことは明らかというべきである。

二  まとめ

以上によれば、原告の被告らに対する破産法七二条一号及び八三条一項一号による否認権の行使に基づく主位的請求は、いずれも理由がある。

第四  結論

よって、原告の主位的請求は、いずれも理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横山匡輝 裁判官 江口とし子 裁判官 市原義孝)

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